畳は身体にいい?床から立つ・正座・高齢者・子どもの発達を理学療法士経験のある畳職人が解説
2026年7月30日

「正座は膝に悪い」
「高齢になったら、畳よりフローリングの方が安全」
「子ども部屋は掃除しやすい床材が一番」
このような話を耳にすることがあります。
しかし、身体の動きや発達、生活環境まで含めて考えると、畳には「昔ながらの床材」というだけではない価値があります。
私は理学療法士として約12年間、整形外科で膝や肩、股関節、手足の術後リハビリ、回復期の訓練、運動指導などに携わってきました。現在は家業である松下畳商会で、畳の製造・施工を行っています。
今回は、理学療法士と畳職人、二つの視点から、
- 床から立つ動作の大切さ
- 正座は本当に膝に悪いのか
- 高齢者と畳の相性
- 子どもの発達と床生活
- 畳の学習環境に関する研究
について解説します。
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床から立つ動作には、身体の機能が詰まっている
床に座った状態から立ち上がるには、単に脚の力だけがあればよいわけではありません。
膝や股関節、足首を大きく曲げる可動域、身体を前へ移動させるバランス能力、体幹の安定性、下半身の筋力など、複数の機能が必要です。
つまり、床から立ち上がる動作は、
可動域、筋力、バランス、身体の使い方を総合的に確認できる生活動作
ともいえます。
床生活で使われやすい身体機能
床に座る、寝転ぶ、立ち上がるという動作では、次のような機能を使います。
- 膝を深く曲げる可動域
- 股関節を曲げる可動域
- 足首を曲げる可動域
- 太ももやお尻の筋力
- 手をつく位置を判断する能力
- 重心を前後左右に移動させる能力
- 床面の状態を足裏で感じる感覚
椅子中心の生活が悪いわけではありません。
ただ、椅子から立つ動作だけでは、膝や股関節を深く曲げる機会が少なくなります。使わない動きは、痛みや不安も重なり、少しずつ避けるようになりやすいものです。
床生活には、日常の中で自然に大きな関節運動を行えるという特徴があります。
床から立てることは、将来の生活の選択肢を増やす
高齢になると、床に座らない方が安全だと考える方もいます。
確かに、膝や股関節に強い痛みがある方、術後間もない方、転倒リスクが高い方に、無理に床からの立ち上がりを行わせるべきではありません。
一方で、
床から立てなくても生活できるから、まったく練習しなくてよい
とも限りません。
生活の中では、物を拾う、布団を整える、庭仕事をする、転んだ後に起き上がるなど、低い位置から身体を持ち上げる場面があります。
床から立つ力を維持することは、和室を使うためだけではなく、生活の幅を狭めないためにも重要です。
畳は、床上動作を練習したり、寝転んで身体を動かしたりする場所として活用しやすい床材です。
正座は本当に膝に悪いのか
「正座をすると膝が悪くなる」と考えている方は多いと思います。
しかし、健康な膝で、痛みのない範囲で行う正座そのものが、必ず膝を傷めるとはいえません。
正座では膝を大きく曲げるため、膝関節に痛みや腫れ、変形、術後の制限がある方にとっては負担になります。一方で、問題のない膝まで一律に「曲げない方がよい」と考える必要はありません。
正座をしないから膝が曲がらなくなる?
ここは少し丁寧に考える必要があります。
正座をしないことだけが原因で、膝が曲がらなくなるわけではありません。
実際には、
- 膝の痛み
- 腫れ
- 関節の変形
- 手術後の組織の硬さ
- 太ももの筋肉の緊張
- 動かすことへの不安
- 深く曲げる動作を長期間避けること
などが重なり、膝の曲がる範囲が狭くなることがあります。
痛みがあるから曲げない。
曲げない期間が続くため、さらに曲げづらくなる。
このような悪循環は、リハビリの現場でもよく見られます。
そのため、健康な膝であれば、日常的に膝を無理のない範囲まで曲げる機会を持つことは、可動域を維持するうえで意味があります。
ただし、人工膝関節置換術後や半月板損傷、強い変形性膝関節症などでは、正座の可否が一人ひとり異なります。担当の医師や理学療法士の指示を優先してください。
膝への負担は、正座だけで決まらない
膝の負担を考えるとき、正座だけを原因にするのは適切ではありません。
日常生活で膝にかかる負担には、
- 体重
- 太ももやお尻の筋力
- 歩き方
- 階段の上り下り
- 膝や股関節の可動域
- 身体の使い方
- 運動量
- 関節の変形や炎症
など、さまざまな要素が関係します。
特に、身体を支える筋力が低下すると、立ち上がりや階段動作の際に、膝だけに負担が集中しやすくなります。
体重が増えれば、歩行や立ち座りのたびに下半身が支える負荷も大きくなります。
そのため、膝を守るには「正座をしない」だけではなく、
体重管理、下半身の筋力維持、関節を動かす習慣、無理のない活動量
を総合的に考えることが大切です。
畳は高齢者に向いている?
畳には適度な弾力があります。
硬い床と比べて、座ったときや膝をついたときの当たりがやわらかく、寝転んだり、床上で身体を動かしたりしやすいことが特徴です。
ただし、
畳なら転倒しない
畳なら転んでも安全
というわけではありません。
転倒予防には、筋力、バランス、視力、薬の影響、段差、照明、履物など、多くの要素が関係します。
畳のクッション性は、転倒時の衝撃を和らげる可能性がありますが、畳の段差や傷み、畳同士の隙間がつまずきにつながる場合もあります。
高齢者の和室では、素材だけでなく施工状態も重要です。
高齢者の和室で確認したいポイント
- 畳と敷居に段差がないか
- 畳に大きな隙間がないか
- 畳表がささくれていないか
- 踏むと沈む場所がないか
- 手すりまでの動線が確保されているか
- 夜間でも足元が見えるか
- 布団から立ち上がりやすい環境か
畳は定期的に調整や交換を行うことで、隙間や段差を改善できる場合があります。
畳と足裏の感覚
人は立つときや歩くとき、足裏から床の硬さ、傾き、滑りやすさなどを感じ取り、姿勢を調整しています。
裸足で畳に触れると、畳目や適度な弾力を足裏で感じられます。
こうした感覚入力は、立つ、座る、方向を変えるといった動作の中で、身体の位置を確認する材料の一つになります。
ただし、足裏の感覚が低下している方や糖尿病性神経障害などがある方は、小さな傷や熱さ、異物に気づきにくいことがあります。裸足で生活する場合は、畳のささくれや異物がないか確認することも必要です。
介護用畳という選択肢
高齢者施設や介護が必要なご家庭では、一般的ない草の畳だけでなく、介護環境を考えて作られた畳もあります。
製品によって特徴は異なりますが、
- 汚れを拭き取りやすい
- 水分が染み込みにくい
- 消毒や清掃に対応しやすい
- 車いすで移動しやすい
- 適度なクッション性がある
- 防炎性能を備えている
といった機能を持つものがあります。
松下畳商会でも、使用する方の身体状況や介護方法、部屋の使い方に合わせて、い草、和紙、樹脂系素材などを検討できます。
介護保険の対象になる場合もある
要介護・要支援認定を受けている方の住宅改修では、転倒防止などを目的とした床材変更が、介護保険の対象として認められる場合があります。
ただし、単なる畳替えがすべて対象になるわけではありません。
- 本人の身体状況
- 改修の必要性
- 施工内容
- ケアマネジャーの理由書
- 自治体の判断
- 工事前の申請
などが関係します。
工事後では申請できない場合があるため、介護保険を利用したい場合は、施工前にケアマネジャーや自治体へ確認することが重要です。
子どもの発達と床生活
子どもは、床の上でさまざまな動きを経験します。
寝返り、腹ばい、はいはい、四つ這い、つかまり立ち、しゃがむ、立つ、転がる。
こうした動きの中で、手足で身体を支える力、バランス、身体の位置感覚などを学んでいきます。
畳は、子どもが床に手や膝をつき、寝転び、身体を動かす場所として使いやすい床材です。
裸足と畳の相性
裸足で過ごすと、靴や厚い靴下を履いているときよりも、足指や足裏で床を感じやすくなります。
畳の上では、
- 足指を使って踏ん張る
- 畳目の感触を感じる
- 座った状態から立つ
- しゃがむ
- はいはいする
- 転がる
といった、多様な動きを経験できます。
「裸足にすれば発達が良くなる」と単純に断定することはできませんが、子どもが安全に身体を動かせる床環境をつくるという意味では、畳と裸足生活は相性のよい組み合わせです。
子どもと畳の調湿性
子どもは大人より活動量が多く、床に寝転んだり、汗をかきながら遊んだりすることがあります。
い草には、空気中の湿気を吸ったり放出したりする吸放湿性があります。畳に関する研究でも、弾力性や吸放湿性、抗菌性などが、い草・畳の機能として挙げられています。
参考文献
畳を用いた学習環境が児童・生徒の学習面と情意面に及ぼす影響 森 田 洋,福田 翼,堤 一代,馬見塚香織
ただし、畳だけで室温や湿度を完全に調整できるわけではありません。
夏場はエアコンや除湿、換気と組み合わせながら、快適な環境をつくることが大切です。
畳の調湿性は、冷房の代わりではなく、室内環境を補助する自然素材の特徴として考えるのが適切です。
い草の抗菌性は「掃除が不要」という意味ではない
い草には抗菌性について調べた研究があります。今回の添付論文でも、い草・畳の機能として抗菌効果が挙げられ、過去の抗菌性研究が参考文献として紹介されています。
ただし、「い草なら菌が一切増えない」「掃除や換気が必要ない」という意味ではありません。
食べこぼしや汗、皮脂、水分が残れば、畳でもカビや汚れの原因になります。
子どもが過ごす畳は、
- 畳目に沿って掃除機をかける
- 食べこぼしを早めに取る
- 水分を残さない
- 定期的に換気する
- 布団やマットを敷きっぱなしにしない
といった日常のお手入れが大切です。
畳の教室で集中力が高まったという研究
畳と子どもの学習環境については、興味深い研究があります。
北九州市立大学の研究チームは、小学5年生と中学1年生を対象に、畳を敷いた教室と一般的なフローリング教室で計算問題を行い、その違いを調査しました。
研究では、両方の教室で試験を受けた児童・生徒260名の結果が分析されています。畳教室では、正解率を維持しながら、解答数が有意に増加しました。研究者らは、畳教室では同じ精度でより多くの問題を解き、集中を維持できた可能性があると考察しています。
中学生と小学生の結果
中学生では、畳教室の解答数が一般教室より12.4%伸び、正解率には大きな差がありませんでした。
小学生では、畳教室での解答数が24.3%、正解率が5.4%伸びたと報告されています。
また、アンケートでは、
- 65.8%が畳教室の方が集中できた
- 75.8%が畳教室の方がリラックスできた
- 70.4%が畳教室の香りを良いと評価した
という結果でした。
「畳なら成績が上がる」とは限らない
この研究は非常に興味深いものですが、
畳の部屋にすれば、必ず集中力や成績が上がる
と断定することはできません。
実験では、畳教室では新品の畳表を敷いてい草の香りが広がるようにし、靴を脱いで学習しています。一方、一般教室では靴を履いたままでした。
そのため、
- い草の香り
- 畳の見た目
- 足元の感触
- 靴を脱いだこと
- 普段と異なる教室環境
など、複数の要因が結果に関係した可能性があります。研究者らも、原因を明らかにするには、条件を変えた詳しい検証が必要だとしています。
大切なのは、
子どもが落ち着いて、疲れにくく、安心して学べる環境の一つとして、畳に可能性がある
と捉えることです。
畳は「座るための床」ではなく、身体を使う場所
畳の価値は、見た目や香りだけではありません。
畳の上では、
- 座る
- 寝転ぶ
- はいはいする
- 正座する
- しゃがむ
- 床から立ち上がる
- ストレッチする
- 家族で過ごす
- 勉強する
といった、さまざまな活動ができます。
椅子とベッドを中心とした生活では使う機会が減りやすい動きを、日常の中で自然に経験できることが、床生活の特徴です。
だからといって、すべての方に正座や床生活を勧めるわけではありません。
身体の状態や年齢、生活スタイルに合わせて、椅子と床、ベッドと布団、フローリングと畳を使い分けることが大切です。
理学療法士経験のある畳職人として伝えたいこと
理学療法士として働いていた頃、患者さんの身体だけでなく、退院後にどのような家で、どのような生活をするのかを考えることが重要でした。
病院では歩けても、自宅の段差を越えられない。
椅子からは立てても、布団から起き上がれない。
筋力はあっても、床から立つ方法が分からない。
身体の機能と住環境は、切り離して考えることができません。
現在、畳職人として仕事をする中でも、
この部屋を、誰が、どのように使うのか
を大切にしています。
高齢者が使う和室、子どもが遊ぶ部屋、家族が集まる茶の間、寝室、介護を行う部屋では、適した畳が異なります。
素材の見た目や価格だけでなく、身体の状態と暮らし方まで考えた畳選びをご提案していきたいと思います。
まとめ
畳や床生活には、次のような可能性があります。
- 床から立つ動作で、関節の可動域や筋力を使う
- 正座によって、膝を深く曲げる機会を持てる
- 畳の弾力が床上動作を行いやすくする
- 足裏で畳の感触を感じられる
- 高齢者や介護環境に対応した畳を選べる
- 子どもが裸足で身体を動かしやすい
- い草の吸放湿性や抗菌性を暮らしに生かせる
- 学習やリラックスの環境として活用できる可能性がある
ただし、畳が身体の痛みや転倒、発達上の問題をすべて解決するわけではありません。
大切なのは、畳の特徴を理解し、使う方の身体と暮らしに合った環境をつくることです。
松下畳商会では、畳職人としての素材・施工の知識と、理学療法士として培った身体や生活動作の知識を生かし、一人ひとりに合った和室づくりをご提案します。






